2013/02/09
で



やっとベトナム編です。リスク管理に関しては欧州を中心に考えていたそれまでの感覚と少し違っていたような気がします。おそらく何度も書いたように、私のハノイ行きが前任者の病気というハプニングによるもので、時間も無くてベトナムに関する知識がないまま全くの白紙(というより偏見だったかもしれません)の状態で赴任せざるを得なかったことにあったと思います。赴任前後は早く任務を終えて「とにかく絶対に健康で無事に日本に帰る」ということを強く思っていました。赴任にあたっては時間が無い中で、アジア駐在経験者たちから色々とアドバイスをもらい、余計な知識が一杯詰まって少し頭でっかちになっていたかもしれません。笑い話みたいですが当初は歯磨き用の水としてミネラルウォータを使用していました。しかし段々慣れてきて冷静になってくると、アジア駐在経験者といえども誰もベトナムに行ったことがある人はいなくて、後で考えると的外れなアドバイスもあったかもしれません。ただ病気に関しては、実際に病気になった日本人の話はかなり聞いたことがあり、最低限の用心の必要はありました。私は幸い一度も経験は無かったのですが、食べ物が原因で病気になる日本人が結構多かったようです。よく日本人だけがひ弱で病気になりやすいという話を聞きましたが、残念ながら実際そういう傾向はあったような気がしました。身近にいた保険会社の知り合いからは熱帯病に罹り、保険事故としてヘリコプターでシンガポールかバンコックに搬送された日本人の話を実際に聞いたこともあります。経験者の中でも前に投稿した先輩のK氏のアドバイスはとても参考になり、「食べ物にはケチケチせずに金をかけろ」「ビールに氷は絶対に入れるな」「日本の自宅とはFaxで頻繁に連絡を取れ(E-mailがまだ一般的ではなかったので)」等殆んど実行していました。ただ中には「プールの水が口に入るとA型肝炎になることがある」等?ということも言っていましたが?ハノイでの仕事や生活に慣れてくると、イギリスやフランスは国家のことも社会のことも良く分からないというのが正直なところでしたが、ベトナム語が全く分からないにもかかわらずベトナムの国家や社会のことは何となく分かっていたような気がしたものです。同じアジア人で親近感があったこと、また、おそらく仕事で国家や政府の中枢に近い人と会う機会があったことも影響していたのではと思いますが、これは当然のことながら完全な錯覚でした。ただ、ハノイでは身の危険を感じたことは殆んどなく、自転車で中心部の殆どの通りは通過したと思いますが、私自身の感覚では、外国人が何故こんなところにという目で見られることはあっても、危ないと思ったことはありませんでした。 危険ということではないですが、社会主義国という制約に縛られていたという感覚は時々感じました。ただ、勿論100%安全な社会は何処にも無いわけで、ホーチミンからは時々凶悪犯罪のニュースが流れてきて、オランダ人かベルギー人の女性が強盗に抵抗したので殺害されたということがありました。ベトナム戦争後初めての外国人の犠牲者というととだったと思います。ただ安全でも、原因は分かりませんが、何か目に見えない得体の知れない圧迫感を感じたことは時々ありました。



Posted by tsukuma at 08:23│Comments(0)